認知症のお薬

おはようございます。
梅雨と言うのに良い天気が続きますね。四国の早明浦ダムは水が少なくて既に取水制限が出ているとか。昔から悪いことは重なるもので、社会が荒廃すると天変地変で災害が来て病気が蔓延し飢餓が来るらしいですね。現代では多少の天変地変でも飢餓は来ないとは思いますが、今年は7月に参議院選挙、自民党が大敗して政変が起こる、水不足で米の収穫量が減る、インフレが起こる等がネガティブ的な予想として思いつきます。私の友人のケアマネは介護保険の改悪で介護の現場ではもうサービスが維持出来ないと申しております。ケアマネってお仕事はお客さんと事業者の間に立って板挟みになって今やとってもやりにくい仕事らしいのです。この人はこうやるのが一番良いと分かってはいても、介護保険ではカバーできなくて利用者をみすみす見殺しにせざるを得ない場合も有るとかです。具体的には知りませんが、私がイメージしたのは、目の前で人がおぼれているのに助けてあげれない歯がゆさが有るのでしょうね。おぼれる人を目の前にして自分はその人を助けれるロープを手に持っているのに、それを投げてあげることを雇用主から止められるのでしょうね。どうも昔から『お上』は『法は作れど知らしめず。』が良くあるのだけれど、今の介護法もどうも『言い逃れの道具』に成り下がった模様です。『薬事法』等も元々はお薬の知識のない庶民を守る為の法律なんでしょうが、今や製薬メジャーを保護する為の法律に成り下がってしまってるのと同列なんでしょうね。
朝からちょっと汚いお話をしますが、昔はウンコをすると水洗ではなく便器のしたの肥だめに貯めて、トイレットペーパーなどなく、お尻は荒縄でぬぐいました。荒縄は束で置いてあって必要なだけの長さに切って使うのです。つまり細切れ状態で肥だめに落ちるのです。念のためですが、荒縄はお米の茎で作ります。この細切れの荒縄の入った糞尿は田んぼの近くの肥だめに移します。放っておくとこれが自然と発酵して田んぼや畑の肥料になるのです。これを田んぼや畑にまくと肥料になって完全な有機栽培の作物が取れるのです。田んぼや畑を耕すのは牛や馬で、田んぼに生えた草を餌で食べてくれるし、そのウンコも肥料として使えるのです。私の生家にも牛が2〜3頭いました。田んぼを耕す時は2頭連れて行って代わり番こに使うのです。休んでいる牛は田んぼや畦の草をついばみます。これこそエコロジー&完全なリサイクル社会でしょ。こんな農村風景を知っているのは私の年代が最後でしょうね。
時間切れです。続きは夜でも・・・・・。