貧鈍の法則

おはようございます。
今朝も早朝に書き込んでおります。そうなんです、今日は路線乗務の日なんです。
昨日聞いた話なのですが、同僚の兄がもう余命が1週間ほどらしいのです。10年間病気と闘ってきたらしいのですが、『もうあかん、逝かしてくれ。』との事です。私も10数年前に父を送ったのですが、本人が戦う気持ちが有れば応援もできようものですが、本人が厭戦気分になってしまうと、周囲の者はどうしようもありません。同僚も長いこと病魔と闘ってきた事を知っていますから、ちょっと逝くには早いけれど、もうええやろ、もう頑張らんでもいいよと言う気持ちらしいです。私はその気持ちが痛いほど分かります。願わくば少しでも楽に極楽でも天国でもいいから、逝って欲しい。それが僞ざる気持ちです。本人も苦しいのですが、周囲の人間も苦しいのです。私も父親が息を引き取った時は悲しいと言うより、安堵感の方が勝っていました。これでやっと苦しまなくて済むからです。息を引き取ったオヤジに、『やっと楽になれたな。ええとこへお参りさしてもらいや』と声をかけたことを思い出しました。
さてタイトルの件ですが、今年の行く末を考えてみました。色んな情報を総合すると、やっぱりネガティブにならざるを得ません。世が荒れる時は人心も荒れる、心も廃れるものです。まさに昨今の出来事を見ると訳の分からない事件が多く、世が荒れていること、人心も荒れて廃れていることは銘々白日です。こう言う時は経済的にも荒れて廃れる物なんです。また、こう言う時は治安も悪化します。これまでの、水と安全はタダと言う意識は捨ててください。もう日本は安全な国ではありません。これだけ社会が変化しているのだから、これまでの経験なんて何も役にも立ちません。特に私のような高度経済成長下で過ごしてきたボンクラの経験なんてトイレットペーパーほどの役にも立ちません。
皆さんも経験が有ろうかと思いますが、いくら自分が努力をしても、悪い方へ悪い方へ向いてしまう事が有りますよね。丁度それが今の日本の社会に起こっていると思うのです。『貧すりゃ鈍する、すねこきゃ屁こく』詳しい意味は不明ですが、先人の言葉です。こう言う時こそしっかりと支え合える友人を作るべきなんです。
ゆめゆめご油断めさるな!